え〜、昔は物見遊山などとと申しましてね、山へ行くことはそれ自体結構な行楽であったわけですが、なにぶん映画やテレビゲームやら身体を使わないでも楽しめるものや、使ってもせいぜいボウリングやゴルフ程度で、なにもわざわざ山へなどという時代が続いておりましたね。
昔は、ハイカラにはグループハイク、合ハイなんていいましてね。
あ〜、若い人は、なんだ、書生さんも女工さんも男女で山登りですな。
「ほら、ほら、お嬢さん。そこは木の根がでてるから危ないよ」
「ああら、これはどうも。ごめん遊ばせ」ってなぐあいで手をとりあってね。
たまにゃ恋の花咲くこともありまして・・ね。
ところが、昨今また中高年の登山ブームだそうですなあ。
今週末も特別養護老人ホームで、じいさんばあさんがグループハイクだ。
するってえと、なんか若いころの気分が蘇ってくるみたいで、
元大工の善さんも「ああ、山はいいねえ。木の香りがたまんないね。よーし、奥多摩の山をぜーんぶ踏破するまでは、俺は棺桶には入らね〜」なんて言い出しましてね、たまたまとなりを歩いてた後家さんに「おほほ、善さん、およしよ。歳なんだから。血圧が上がるよ」なんていわれて、「おう、奥様、俺はこうみえても昔はマラソンランナーで・・」なあんて話しで盛り上がって、それが縁で歳甲斐もなく再婚だ。
したら、この後家さん実は大金持ちで、善さん今でいう逆玉だ。世間じゃ「逆玉善さん」と呼ばれて、後家さんにゃあ頭があがらねえ。そのうえ善さん夫婦になってからも「奥様、奥様」と後家さんを呼ぶもんだから、影じゃ「奥様善さん」なんて呼ばれましてね。
それがある日、何で揉めたんだか大喧嘩。
「ちくしょー、あ〜あ、もう出てくよ!こんな生活まっぴらでぃ。山行って、けえらねえぞぅ!」
こうなると売り言葉に買い言葉ですな。
「はいよ、奥様善さん、どこへでも行っておいで!ほら、餞別だよ。この本もってとっとと出てけー」てな具合。
そんなわけで善さんが、この本持って奥多摩行ったっていうどうでもいいお話であります。
これが本当の奥多摩全山。
おあとがよろしいようで。